月夜見
 “春霞月”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
現 藩主ネフェルタリ・コブラ様が、
それは手厚く藩政を治めておいでの“グランド・ジパング”は、
その治政の穏やかさや藩政の豊かさを象徴してか、
四季を通じて花にまつわる祭りが多い。
冬場にさえ椿や万両の祭りがあったほどだし、
次々にお花の咲こう本番の春ともなれば、
梅に桜に菖蒲に紫陽花と、立て続いてのお祭りが、
城下のあちこち、神社や寺の境内や広場で、華やか賑やかに催される。

そういうにぎわいには、見物の人がどっと集まると同時に、
景気のよさや浮かれ気分をこそ当て込んでの、
下心や裏の仕掛けもありありな、善からぬものも集まりやすいが。
それを放置しないのもまた、
心豊かな国ならではな 至りようというところ。
お仕置きや厳しい納税などなどという、
大上段からの権力や恐怖でもって、
ぎゅうぎゅうと締め付けてはない藩だからこそ、
暢気なお人も多いけれど。
そういうお人らを思わぬ不幸から護るため、
気を張り、眸を見張り、
備えている部署もしっかりと整備されているし。
そういった気性の人々へと惚れ込んでのこと、
藩へというよりそんな人への加担から、
人知れず頑張ってくれる練達も多数おいでで。
例えば例えばこんなお人もいたりして…。



      ◇◇


今年の冬は何だか妙な案配で、
いきなり花見どきかと思ったほどに暖かい日があったと思や、
いよいよの春というお彼岸になったっていう頃合いに、
雪が降ったり大風が吹いたり。
よその藩では、人ならぬ何かが怒っての天変地異かと、
半ば本気で恐れおののいた人々もあったらしいが、
こちら様ではせいぜい、
『天のお国で神様たちが夫婦ゲンカでもなさっているのかなぁ』
という程度の取り沙汰しかされず。
馬鹿なこと言ってないでお見舞いに行くよ、
お父っつぁんがお世話になってるお店(たな)の女将さんが、
大風で転んで怪我されたんですってよ、と。
人と人との情の方が、断然 大事にされているという、
当たり前の世情がちゃんとちゃんと保たれている。
よって…という言いようも、それはそれで乱暴かもしれないが、

 「お前ら、どうせ他所の藩で荒稼ぎして来た連中だろうが。」

とある回船問屋の裏手へと引かれた水路の船だまりで、
数人の荒くれ同士が、
互いに咬みつかんばかりの威勢にて向かいあっているところ。
低くて深みのあるお声が、
あまり穏やかとは言えないお言いようを啖呵のように言い放ったその途端、

 「…っ。」

周囲を取り巻いていた側が、うっと言葉に詰まった気配そのものこそ、
何か言い訳をするよりも明らかに、
“仰せのとおりでございます”と言っているようなものであり。
明らかに多勢に無勢という対峙だというに、
どういう余裕かにんまりと笑って見せた、こちらの兄やだったりし。

 “こんだけの頭数が集まったってこたぁ、
  行き当たりばったりな強奪じゃねぇ、
  どんだけの量かの把握もあるっていう“抜け荷”の方だろうな。”

多くの荷を積み、他藩を目指すほどの、
随分な遠距離を踏破する級の船の大きさには、
幕府のお達しで制限があったので。
港へ着けないほども大きいのなんてそうそう有りはしないが、
それでも…港の方が手狭では仕方がなくて。
なのでと、少しほど沖合の船から降ろした積み荷、
港までは小型の艀(はしけ)で運び、そこから直接陸へと揚げる。
はたまた、更に小船へ移し、
水路を辿って問屋の裏手までを運ぶという方法を取る場合もあって。
経済も活発で物品の流れが程よい証し、
ここ、グランド・ジパングのご城下も、
陸路だけでは込み合うし、
重い荷物はそうやって運ぶのではなかなか大変だからと、
水路を使う問屋も多いのだけれど。
人から人、船から船へとの積み替えや引き渡しの合間という、
微妙な隙を衝いてのこと、
積み荷の誤魔化し&ちょろまかしや、
帳面にはない荷を紛れ込ませての受け渡し、
つまりはご禁制ものの抜け荷などなど。
由々しき犯罪もまた、付いて回りかねない。
また、そういう悪事は利益も大きい上に、
関係者の分布が広域に渡るがため。
お目付けを担当する正規の部署だけでは、
見張りも到底手が足りないし、
ここのようなおおらかな藩では、
想いも拠らぬ手を使われの、出し抜かれることだって多々あろう。
そういう事が起きぬように、という、
正統な順番で見守っているのは、当地のお庭番であり。
幕府から送られた隠密は、
そういうのに手玉に取られてないかという、
言わばボロを見つけるための監視するのがお役目なので。
藩の弱みを掴むべく、
下手をすると…そういう輩の跳梁、
見て見ぬ振りさえしかねなかったらしいのだけれど。

 「…他の藩からのお達しでもあったってのかい?」
 「何だ、じゃあお前さん、幕府の犬か。」

手に手に匕首構えて見せるごろつきと、
そんな連中の後方、
そちらさんも着流しだが微妙に体さばきに切れがある、
武家崩れか、もしくは浪人を装ったどっかの藩の下っ端か。
一味の幹部格らしき偉そうなのとが、2、30人ほど頭数を揃えており。
そんな面々が取り囲んでいる格好の存在が、
陸揚げ用の船着き場なのだろ、
大外からの水路を引き込んだ溜まりの縁に立っている。
結構な体格のまだ若い男で、
いかにも煤けた風体なのは話の流れからすれば変装であるらしいが、
それにしたって、
足元なぞ脛からあらわになっているというほどもの傷みよう。
だというのに、着慣れた様子のぼろんじ姿でいる彼なのは、
下手に裾のある着流しよりは動きやすいからだということなのかも。
何せ、その手へ握られているのは錫杖から引き抜いた直刃の和刀だったし、
外套代わりの襤褸を脱ぎ去ったその背中へも、
白鞘の刀が二振りほどくくられている。
短く刈られた頭や、墨色さえ茶色に抜けかかった粗末な装束は、
流れ者の雲水を装うというだけじゃあなく、
彼自身の得手を生かしての装備だったのかも知れず。
それが証拠には、そんな彼を前に半円形に取り巻いた面々ではあるが、
たった一人が相手だというに、
妙に萎縮してだろう、飛び込める者がいない、
いわゆる膠着状態にあるようにも見受けられ。

 「どうしたよ、このまま朝までこうしてたいか?」

何なら付き合ってやってもいいぜと、
若いに似合わぬ伝法な口利きをするこちらの彼は、
そんな態度といい、こういう修羅場にも相当に場慣れしているらしくって。
堂の入った態度がいかにもそぐう、
隆とした筋骨の張った、頑健そうな雄々しき肢体に。
荒削りで鋭角な面差しは、
野生味の濃い精悍さを帯びていて重厚。
既に何人かと刃の競り合いをし、何合かは斬り合ってもいるようで。
こちらさんは息も上がらぬ余裕のまんまだってのに、
彼らの足元には、負った怪我の痛さからだろ、
唸るばかりのチンピラたちが数人ほど うずくまっているのもまた、
腕っ節の差を歴然と示しており。
彼の間合いへは迂闊に飛び込めないぞとさせる、
微妙な空気を作っているのもそのせいか。

 「…っ。ええい、何を怯んでおるかっ!」

睨み合うばかりで埒が明かないと、苛立ち含んだ声が後方から上がる。
このままでは…それもまた彼の狙いか、
周囲が明るくなってしまい、
人目も集まる頃合いになってしまうとの焦りからか。
浪人にしては武家の匂いがぷんぷんとする大将格が、
とっとと動けと叱咤するよに声を荒げ。

 「…っ。」

そんな不手際から
下手をすれば自分たちまで斬られるとの恐れでもあるものか、
用心深く身構えていた連中が、
意を決した数人ほどで突っ込んで来たのだが。

 “…チッ。”

実を言えば、
お坊様の側でも この膠着状態に凭れていた節があったりし。
何しろ数が数なので、激しい切り合いにでもなったらば、
この辺りは怪我人累々の修羅場になろう。
なに、相手の方が怪しいのだし、
素性はと叩けば幾らでも埃が出ようから、捨て置いてってもいいのだが。

 “…だが。”

ところでこの船着き場は、
今日にも始まる桜のお祭りの、
その主役たる“千年桜”を見物すべく、
広場の海側に漕ぎ出す屋形船へと、
とあるお船が紛れ込むその出発点にもなっており。
ちょうど今、公儀に縁ある姫様が、
朋友であるビビ様を訪ねてお越しの最中。
お忍びでの船遊びを構えておいでだという知らせがあっての、それで。
安泰な藩だというが念のため、船への小細工をされぬよう、
見張りをと依頼された晩にこの騒ぎ。
最初はそっちの連中かと思ったが、
どうやらそんな、思想派や攘夷派の連中じゃあないらしく。
だがだが、そうとなればなったで、

 “下手な騒ぎになれば…。”

何だやはり物騒な藩ではないかと、
その筋からの監視の目が強くなるやも知れぬ。
平和すぎても難ではあるが、
当然の判断ながら危険なのはもっと難であり、
自分のような中途半端な隠密では役に立たぬと、
配置藩の“住み替え”を…勤務地の交替を言い渡されかねぬ。

 “それはそれで、ちっとつまんねからな。”

大きな騒ぎにはしないよう、
だがだが、無事に収めるにはどうしたもんかと、
これでも無い知恵絞って考えていたゾロだったらしく。
自分には相性が悪い依頼だったと、今ごろ気づいてももう遅い。

 「覚悟しなっ、坊さん!」
 「送りの経は自分で読むんだなっ。」

左右と正面からという、一応は考えての三方向から一度にと、
躍りかかって来た敵であり、
これはもう しゃあないかと腹くくり、
片っ端からぶった切ってやらあとの意志も濃く、
太刀の切っ先、ぎらりと構えたその刹那、


  「………………………ムのぉ、」


どこかの遠くから、夜風に乗って聞こえて来た声があり。
どっかで聞いたよな声だし文言だし。
あ、これは…と、身構えにまでは作用しない手前、
意識の先の先にて、何かを掴んだ坊様だったその目前へ、

 「ロォケットぉぉぉぉおぉっっ!」

威勢のいい伸びやかなお声とともに、
遥か彼方から押し寄せたは、かまいたちのような疾風一迅。
どこからかひゅうぅんっと飛び込んで来た何物かがあり。

 「な…っ。」
 「うあっ!」
 「ぎゃあっ!」

その、空中滑空などというとんでもない突入の巻き添えで、
空き地の入口側に余裕で陣取っていた、
武家の何人かがまずは薙ぎ倒され。
夜空へ吹っ飛んだ連中を見もせぬまんま、
飛び込む勢いの一向に緩まぬ“弾丸”様は、
次々にならず者らを跳ね飛ばすと、そのどん突きにいた存在の懐ろへ、

 「捕〜かまえたっ♪」

鬼ごっこか隠れんぼの決まり文句さながらという、
いやに軽やかな語調でもってそうと言い、
相手へ がしぃっとしがみつき。

 「わっ。」
 「…え?」

勢い余って二人とも、
背後の堀へざっぱんと、
まだまだ夜寒な頃合いだってのに、
転げ落ちる羽目になってしまったそうな。





       ◇◇


とんでもない方法で一番乗りで飛び込んで来たのは
麦ワラの親分だったが、
そのすぐ後には町方の捕り方の面々も駆けつけた。
真っ当にどこそこの武家でございます、
もしくは藩士でございますという、
いで立ちするなり証拠を持ってるなりしていればともかくも、
堂々の“浪人”では町方預かりになっても文句は言えず。

 『あれは番所で化けの皮が剥がされますかな。』
 『いやいや そうなる前に、
  何だかんだと言い訳抱えたどこぞかの藩が、
  身柄を引き受けたいと言ってくるんじゃなかろうか。』

組織立ってたなんてもんじゃあない、統率の取れ過ぎな面々であり、
後に分かったのがやはり、某藩の結構名のある一族が絡んでいた、
大掛かりな抜け荷事件であったらしくって。
身柄引き取りなんてので地元へ戻ったら、
その日のうちに暗殺されての口封じが関の山だろうねなんて、
物騒な一人言をした捕り方の囁きに、
震え上がった面々が次々に口を割り、
あっと言う間に馬脚を現してしまった話は。
まま、もっとずんと上の層、
大目付あたりの方々のお仕事だから置いといて。


 「坊さん…じゃねぇ、ゾロも結構 喧嘩っ早いんだなぁ。」


あ〜んなたくさんを相手に絡まれてやがってよ、と。
どこまで本気で言ってるものか、
相変わらずに屈託の無い笑顔を向けると、
こちらの肩を気さくにもばしばしと叩いて来る親分さんには。
居合わせた…ウソップやゲンゾウの旦那のような
慣れたクチには苦笑を誘い、
その他大勢の捕り方連中には、

 「あんな強そうなのに雲水って、怪しくね?」
 「でもなぁ、ルフィ親分が仲いいって話だし。」
 「それはきっと、偽装だって。
  身分隠したいんで、手っ取り早く町方関係者に顔つないでんだ。」
 「じゃあ何で身分隠したいんだよ。」
 「それは〜〜〜。」

あの親分が、後ろ暗い奴と仲よくするかね?
ご本人は騙されやすそうながら、
でもでも用心深いウソップやら かざぐるまの板さんやらが、
ちゃんと目ぇ光らせてるって言うしな、という順番で。

 ―― じゃあ安心なお人だろう、と

無難なところに帰着している辺り……。

 「…妙なところで“姫扱い”されとらんか、親分。」
 「え? 誰が姫だって?」

おいら、もう随分と面も割れてっから、
女装はしねぇぞ、ゾロ…なぞと。
トンチンカンなお言いようが出るところは、
確かに誰ぞが守ってやらにゃあならん、
大きなのっぽの節穴であったりし。
(笑)
二人揃ってずぶぬれになったので、
とりあえずはとどっからか持ってきてもらった古着姿。
別段、柄や何やを揃えた訳でもなかろうに、
醸す雰囲気が微妙にお揃いになっている彼らであり。

 「もう解散していいんだと♪」

手柄を挙げたんでご褒美に小遣いもらったから、
どっかで温まってこうよと、やっぱり屈託のないこと言い出すけれど、
これでもご城下随一の腕をした親分さん。
そういう実力に惚れたんだか、それとも、

 「? どした?」

きょろんと見上げて来る大きな双眸。
いつまでも童顔なまんまなのが不思議と似合う、
無邪気で一本気で、それからそれから、

 「………。」
 「なっ何だよ、じっと見据えやがってよっ。///////」

ゾロみてぇに男前な奴はな、
あんま人の顔じっと見ちゃなんねぇんだぞ?なんてこと、
しどろもどろに口走る、
可愛いところが放っとけないから、気になるのか。

 “…困ったお人だよ、まったく。”

無防備な親分さんが危なっかしいと言いたいか、
それとも…そんな親分さんに翻弄されてる自分だから困るのか。
どっちにしたってあんまり困ってはなさそうですよと言いたげに、
春霞に輪郭にじませた真珠色のお月様が、
微笑って見下ろしてござったそうな。



   〜Fine〜  10.04.08.


  *季節の変わり目にはパピィか親分…というのが、
   ウチの恒例になって参りましたかね?
   とはいえ、このところの原作様の怒涛の展開には、
   半端なお話をねじ込むのさえ気が引けると言いますか、
   どのお人へも…それこそ出て来てないお人でも、
   気安く触れちゃあいけないんじゃという気持ちが、
   ついつい出がちだったのですけれど。
   それこそ滸がましい考えようかも知れませんね。
   (だってそれって、
    どの時期の原作様にだって言えたことなハズだしね。)

  *何か、一丁前なことを言ってますが。(う〜ん)
   お坊様書いたのも久々なんで、
   どっかおかしいかもですが ご容赦を。
   おっさんとか空飛ぶお侍様とか、
   妙なお人ばっかの乱闘とか殺陣回しを書いてましたんで。
(笑)

めるふぉvv 感想はこちらvv

bbs-p.gif


戻る